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【第111回】 肉体に宿るときも、意識の混濁はある

―肉体に宿りきった瞬間は、死後の意識の混乱と同じものを伴うのでしょうか。

伴います。死後の混乱よりも大きく、とくに期間がずっと長く続きます。死後は肉体への隷属状態からの解放ですが、誕生は再びその状態に入り込むのですから(霊の書/161ページ)
ここから分かるのは、肉体に宿るときも死のときと同じように意識が混濁することと、死のときより長引くことです。

それは“肉体からの解放”か、“肉体に宿るのか”の違いだと書かれていますが、宿るときの方が長引くのは、それだけ霊にとって肉体に宿るのは大変なのだと思います。

肉体に宿ればこそ、これまで住んでいた本来の住処・霊界を忘れ、霊的家族を忘れ、肉体の家族を本当の家族だと思ってしまうのです。

さらには地上人生を全てと思い込み、こともあろうに貴重な地上人生を私利私欲にまみれ利己的・物的に生きてしまうのです。

そしてなんと、少しでも長く肉体に留まり続けようと臓器移植までするのです……

霊的無知もここまで来ると悲劇というより、むしろ喜劇です。
いえ滑稽でさえありますが、私はこの誕生と死のときの意識混濁に神の深い愛を感じます。

なぜなら、誕生も死も異次元の世界へ移り住むことであり、それは恐怖心を伴うからです。だからこそ神は、まるで麻酔をかけるがごとく、意識を混濁させ恐怖心を和らげて下さるのです。

本来死は、霊界への帰還であり喜ばしいことですが、異次元の世界への移動であることに変わりはなく、そこで神は意識を混濁させて恐怖心を和らげてくださるのです。

さらに私は就寝中の霊界訪問にも、神の深い愛を感じます。

シルバーコードで肉体に繋がれ自由にならない私達の霊を、神は睡眠中にシルバーコードを緩め、霊界を訪問できるようにして下さっているのです。

こうした細部にわたる神の深い愛を知ると、神への畏敬の念はますます高まり、私はこう確信するのです……

神と摂理に全てを委ねて生きていれぱ間違いないと。
それこそが一番安心できる生き方なのだと。

肉体から解放される日を楽しみに、毎日を自己修養と真理普及に努め、出来る限り霊的成長して霊界の家族のもとへ帰りたいと思います。

最後に霊が肉体をどう思っているかが書かれている箇所を引用します。
霊にとって物的身体は居心地の良いものでしょうか。

─ その質問は牢に入れられている囚人に向かって、居心地はどうかと尋ねるようなものです。
霊は、本性的には、一瞬の間もおかずに常に物的束縛からの解放を望んでいるものです。身体が鈍重であるほど一層それを望みます。(霊の書/180ページ)


2012年05月15日