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【第43回】 霊界人と余りに違う地上人の判断基準

以下の一文はある日の交霊会で、招待客と常連の間で、最近他界したばかりのジャーナリストについて話題になったときにシルバーバーチが語った言葉です。
皆さんは人間が他界して私達の世界に来ると、その人の評価の焦点がまったく異なったところに置かれることをご存知ないようですね。皆さんは、すぐに地上時代の地位、社会的立場、影響力、身分、肩書きといったものを考えますが、そうしたものはこちらでは何の意味もありません。そんなものが全てはぎ取られて魂が素っ裸にされたあと、身をまとってくれるのは地上で為した功績だけです。

しかしこの方は地上で本当に人類のために貢献されました。多くの人から愛されました。その愛こそが死後の救いとなり、永遠の財産になっております。金銭は全て置き去りにしなければなりません。地上的財産はもはや自分のものでなくなり、愛、情愛、無私の行為だけが永遠の資質となるのです。魂が携えて行くのはそれだけであり、それによって魂の存在価値が知れるのです。

したがって同胞からの愛と尊敬と情愛を受ければ、それが魂を大きくし、進化を促すことになります。真の判断基準によって評価される界層においては、そうした要素が最も重要視されます。肝心なのはいかなる人間であるかであり、何を為してきたかです。
(シルバーバーチの霊訓2/90ページ)
そして最後にシルバーバーチは、
地上で学ぶべきことは、人のために役立つということ、これに尽きます。
(シルバーバーチの霊訓2/92ページ)
と言っています。

ここには、霊界人と地上人の「人を評価する基準の違い」がはっきりと述べられています。同時に、私達が永遠に持っていける霊的財産についても明確に述べられており、現代の地上人が一生懸命に求めているもの、人生の目的としているものは、霊的には全く価値がないことを改めて認識しましたが、それにしても、なぜ私達地上人は、こんなにも地上的・物的なもので人や自分を評価するのでしょう。

性格とか人柄、なした行為で評価することが全くない訳ではありませんが、評価の対象となるのは、お金であったり、学歴や地位、名誉や名声、時には家柄や容姿といった人間の本質とは全く関係のないことばかりです。そして人々は、それが人間の価値だと信じて疑いません。

その原因は何かと言えば、人間の本質が「霊的存在」であることを知らないからであり、だからこそ地上的なものに価値を置くのです。
”お金はないよりあった方がいい。見た目だって不細工より格好いい方がいい。地位や名誉もないよりはあった方がいい”となるのです。
が、しかし霊的真理を知った私達スピリチュアリストまでもが、そうしたものに価値を置いているとしたら、それは由々しき問題です。

なぜなら、私達は「本当に価値あるものとは何か」を知っているからです。知っていながら、いつまでも物的なものに執着しているとしたら、知らないで執着している人より、もっと始末が悪いと思います。
それは、知らない者は知れば「変わる可能性」があるのに対し、知っていながら変われないのは、「真理を実践していないこと」になるからです。

とはいえ、生まれて此の方、全てのことを物的基準で判断してきた地上人にとって、真の判断基準を持つことは、そう容易いことではありません。
周りの人達が物的基準で判断する中、真の判断基準を固持するには、固持するだけの覚悟と努力、そして霊的真理の伝道者としての自覚が必要ですが、その自覚を持つ為に私は、「霊界に還ったときの自分の真の姿」を思い描くことにしています。
”地上的なものを全てはぎ取った後の自分に一体何が残るのか。何も持たずにみすぼらしい姿で霊界の類魂の元へ戻るのか”と自問して、物的なものへの執着を払いのけ、霊的真理に適った生き方ができるよう自分を奮起させています。

今、生まれた人も100年後には霊界に還るのです。地上人生で、億万の富や最高の地位を手にしても、それが一体何になるというのでしょう。
そうしたものは、いくら手にしたところで「永久に朽ちない霊的財産」と比べれば「紙くず」も同然で、霊的なものと地上的なものとでは、それ程の違いがあります。その違いが分かれば、人々は「永久に朽ちない霊的財産」を求めるようになるはずです。目の前に「永久に朽ちない霊的財産」があるというのに、「紙くず」同然のものを求める人はいないと思います。
「シルバーバーチが言っていることは分かるけれど、でもここは地上だから」と言っていたのでは、いつまでも変わらぬ生活が続きます。
霊的真理を知った以上一刻も早く物的なものを手放し、真の判断基準に適った価値ある生き方をしていきたいと思います。

シルバーバーチの言葉です。
聖書にも「地球とそこにあるもの全ては主のものなり」(コリント1/10・26)とあります。これは人間は地上のものは何一つとして所有できない─自分のものとはなり得ないことを意味します。地上にいる間だけリースで所有しているようなものです。
(シルバーバーチの霊訓11/181ページ)
私達の教えはいたって単純ですが、それを実行に移すには勇気がいります。
(中略)
つまり霊的真理を知ることによって覚悟を決め…
(シルバーバーチの霊訓11/189ページ)
2006年09月15日