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【第51回】 「救われる側」から「救う側」へ
始めに、「地上人類への最高の福音」(心の道場発行)204ページから抜粋します。訓えは十分に揃っているのです。今必要なのは、その実行者です。
そこで、その実行者たるべきわれわれは、悲しみに打ちひしがれた人々、重苦しい無常感の中にあって真実を希求している無数の人々の身の上に思いを馳せましょう。われわれの影響力の行使範囲にまでたどりついた人々に精一杯の援助を施し、慰めを与え、その悲しみを希望に変え、孤独感を打ち消して、人生はまだお終いではないとの確信を持たせてあげましょう。
ここで、シルバーバーチは「実行者たるべきわれわれ」という言葉を使っていますが、それは、私達スピリチュアリストを人類救済運動の仲間として認めているということであり、「霊界の我々と共に、人類救済のために立ち上がって欲しい」というスピリチュアリストへの切なる思いが込められています。そこで、その実行者たるべきわれわれは、悲しみに打ちひしがれた人々、重苦しい無常感の中にあって真実を希求している無数の人々の身の上に思いを馳せましょう。われわれの影響力の行使範囲にまでたどりついた人々に精一杯の援助を施し、慰めを与え、その悲しみを希望に変え、孤独感を打ち消して、人生はまだお終いではないとの確信を持たせてあげましょう。
つまり、私達スピリチュアリストは、人類救済運動の一員として「救う側」に立たねばならないということです。
私達は、このたびの地上人生で幸いにも霊的真理に出合うことができました。それによって、「地上人生の目的」と「苦しみへの正しい対処法」を知ることができました。
こうした最高の宝を手にしていながら、いつまでも自分のことで悩んだり苦しんだりしていたのでは、真理が活かされていない、実践していないことになります。
私達スピリチュアリストは、人に悩みを聞いてもらうのではなく、人の悩みを“聞く側”に、人に助けてもらうのではなく、人を“助ける側”に回らなくてはならないのです。つまり、人の人生の重荷を軽くしてあげる気概を持たねばならないということです。
そのためには、常日頃から、内省によって自分の内面を正しく保ち、日々起こる問題に対しては、霊的真理に照らして正しく対処していかねばなりません。
また、霊的真理を手にしたがゆえに、新たな問題が起こることもあります。スピリチュアリズムに対する家族の不理解などはその典型ですが、そうした中で魂は強靭となり、道具としての力・何事にも動じない堅忍不抜の精神が培われ、「救う側」に立てるようになるのです。
「救う側」に立ててこそ、「本物のスピリチュアリスト」と言えるので頑張りたいと思います。
シルバーバーチの言葉です。
人のために役立っていると思う時、私たちは心の奥に安らぎと静けさと満足感を覚えます。
宇宙の絶対的な支配力への全幅の信頼、神へ向けて一歩また一歩と近づかんとする努力の支えとなる堅忍不抜さは、人のために尽くしている中でこそ得られるのです。
2007年05月15日宇宙の絶対的な支配力への全幅の信頼、神へ向けて一歩また一歩と近づかんとする努力の支えとなる堅忍不抜さは、人のために尽くしている中でこそ得られるのです。
(シルバーバーチの霊訓10/26ページ)