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【第49回】 「まがいもののスピリチュアリスト」にならないために
「まがいもののスピリチュアリスト」というのは、私自身が名ばかりのスピリチュアリストで一生を終えないように自分の戒めに使っている言葉ですが、今日はその「スピリチュアリスト」について考えたことをお話したい思います。スピリチュアリズムに出合った当初、私は、「スピリチュアリスト」という言葉に違和感を感じていました。
なぜなら、霊的真理を知っていようがいまいが、人類の全ては霊的真理(霊的法則)の中で暮らしているのに、なぜわざわざ「スピリチュアリスト」と呼ぶ必要があるのだろうと思ったからです。
しかしスピリチュアリズムへの理解が進むにつれて、「スピリチュアリスト」という言葉に違和感を感じなくなりましたが、違和感を感じなくなった今でも、「スピリチュアリスト」という言葉が早く死語になることを願っています。
死語になるということは、全人類がスピリチュアリストになることであり、スピリチュアリズムが地球全土に行きわたることだからです。その日が一日も早く来るように、真理を手にした私達は、霊界から信頼される「よきスピリチュアリスト」になって、真理を普及していかなくてはなりません。
そこで、「よきスピリチュアリスト」の条件とは何かを、今一度考えてみたいと思います。
まず一番は、霊的真理の必要性を心から実感していることですが、その上で、
- 「シルバーバーチの霊訓」を、最高の霊的真理と認めている
- 霊的真理を自分だけのものにせず、伝道に意欲がある
- 霊的知識があるだけでなく、人生の指針として実生活に活用している
- 全人類に目が向いている
- 真理普及のためには、自己犠牲を厭わない
- スピリチュアリズムが、信仰であることを理解している
ニューズレター21号(心の道場発行)に、「高級霊の切実な願いに応えて、神の兵士に志願しましょう」とあるように、スピリチュアリストには、地球浄化の兵士として働く強い意志が求められているのです。また、そこまでの強い意志がないと本当の意味での貢献はできませんし、それこそが「よきスピリチュアリスト」の条件だと思います。
「よきスピリチュアリスト」が増えることは、今の地球にとって掛けがえのない宝が増えることであり、宝が増えれば増えるほど地球の浄化は進むのですから、互いに切磋琢磨して共に霊界から信頼される「よきスピリチュアリスト」になりたいと思います。
そして私は、「神の兵士」として働く強い意志を持ち続けていたなら、「まがいもののスピリチュアリスト」で終わることは絶対にないと確信します。
シルバーバーチの言葉です。
皆さん方は新時代の先駆者です。先駆者ゆえの苦難は覚悟しなければなりません。が、掛けがえのない遺産を後世に残すことになります。
いつどこにいても人のため、世の中のため、人類のためを心がけるのです。自分を忘れるのです。ケチくさい打算の世界に超然としておれるようでないといけません。授かった能力を最大限に発揮して人のために役立てるのです。
最後に「霊との対話─天国と地獄 I」(幸福の科学出版/115〜116ページ)から抜粋します。地上でスピリチュアリズムに出合っていながら、利他愛の実践をしなかったことを、霊界へ行ってから後悔しているアンナ・ベルヴィル霊からの通信です。いつどこにいても人のため、世の中のため、人類のためを心がけるのです。自分を忘れるのです。ケチくさい打算の世界に超然としておれるようでないといけません。授かった能力を最大限に発揮して人のために役立てるのです。
(道しるべ/26ページ)
次回、地上に転生するときには、必ず霊実在主義者(筆者注:スピリチュアリストのこと)になるとお誓いいたします。
(中略)
わたくしが地上にあったとき、人々はわたくしを善人と思っておりましたが、実際には、わたくしは、何よりもまず自分の快適さを考える人間だったのです。生まれつき人を思いやる心は持っておりました。でも、「かわいそうな人を助けるために自分の生活を犠牲にする」というところまでは行きませんでした。
アンナ・ベルヴィル霊の言葉を真摯に受け止め、霊界に行ってから後悔しない生き方をしていきたいと思います。
(中略)
わたくしが地上にあったとき、人々はわたくしを善人と思っておりましたが、実際には、わたくしは、何よりもまず自分の快適さを考える人間だったのです。生まれつき人を思いやる心は持っておりました。でも、「かわいそうな人を助けるために自分の生活を犠牲にする」というところまでは行きませんでした。
2007年03月15日