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【第103回】 霊界への強い信頼が重要 - 4
今回は霊界への強い信頼が、死を喜びにすることをお話したいと思います。死後の世界に言及しているのはどの宗教も同じですが、スピリチュアリズムはそれに留まらず、死は喜びである、死は肉体からの解放であると死を高らかに賛美しています。死の捉え方が他の宗教と180度違うのです。
この1点だけを見ても、スピリチュアリズムが他の宗教を抜きん出ているのは一目瞭然ですが、それはスピリチュアリズムが高級霊によって興された超宗教だからです。
しかしこうした高級霊からの折角の教えも、今の人類が受け入れるのは並大抵ではなく、これからどれほど長い歳月がかかることかと思います。
それはまた、私達スピリチュアリストにも言えるように思います。
なぜなら真理を手にした私達でさえ、死が喜びになっていないことが往々にしてあるからです。
その原因は何かとなれば、霊界への信頼がないか、あっても希薄なのだと思います。
霊界を実在ある世界として信頼してこそ、死が喜びになるのです。
地上の学びが終われば誰もが霊界で暮らすことになるという霊界への強い信頼と、死を次の世界へのステップアップと思えてこそ、死は喜びになるのです。
イエスやシルバーバーチが死のプロセスを経て地上界から霊界へと行ったように、私達もまた死のプロセスを経て霊界へ行くのです。
つまり死は、より大きな生命の世界へ行くためのプロセスであり喜び以外の何物でもないのですが、しかし時に死が喜びにならない場合があります。
「天国と地獄」(幸福の科学出版)には、地獄で苦しむ霊達の話がたくさん出てきますが、その霊達にとって死は喜びどころか苦痛の始まりでしかありません。
“肉体からの解放”という点では、死は誰にとっても喜びに違いないのですが、肉体から解放された分、地上時代の摂理違反が如実になり、それが霊達に地獄の苦しみを与えるからです。
地上時代を極端な利己主義・物質主義に生きた者にとって、死はカルマ清算の始まりであり苦しみの始まりなのです。
だからこそ地上時代を物的損得に囚われず、真理に沿って生きることが重要なのですが、それを身を持って人々に示せるのは私達スピリチュアリストしかいません。
私達が摂理に沿って生き、死を喜びとして迎えることが、人々の霊的覚醒を促し死の恐怖から人々を解放することになるのです。
だから皆様、共に頑張りましょう!!
何があっても霊界を信頼して、いついかなるときも真理に沿って生きて、死を喜びの中で迎えましょう!!
そしてこれこそが、真理を知った者の責務だと思います。
(次回に続きます)
2011年09月15日